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【2016.12月号】医療事故調1年経過したが、この制度をどう育てていくかが問題である

 先日西部支部主催の医療安全管理講習会で「医療事故調査制度開始から1年が経過して」と題した、大磯義一郎・浜松医大法学教授の講演を拝聴した。この講演の中で大磯教授は、当初厚労省が想定していた報告数そのものにむしろ問題があり、11か月で357件の報告数はおおむね落ち着いた数字と評された。折しも、「医療事故調査制度1年」を扱った新聞の解説記事や社説がいくつか登場し、新制度の届け出報告数が少ないことが問題にされている。
 
 この件数が多いか少ないかの前に、本調査制度で報告の対象となる医療事故として届けるかどうかは、医療機関の管理者の判断、裁量にゆだねられていることを確認しておかねばならない。この制度の本旨からいえば、報告するかどうかは法的な義務として位置付けられたものではないということである。
 予期しなかった医療に起因する死亡事故が起こった時、管理者がそうした対象事例の教訓をその医療機関内に留めておくのではなく、医療安全のため、医療現場で同じことを繰り返さないための再発防止策の全国的な集積のために、教訓として報告すべし、と判断して初めて報告が行われる、まさにプロフェッショナル・オートノミーに基づく制度である。

 大磯教授は、このことを臨床研究の「多施設共同研究」と同じことであると強調された。そして医療事故調査・支援センターには、「科学としての医療安全」のため、個別事例の匿名化、一般化を行い、データベース化、類型化して全体として得られた知見の普及に努めることが期待されているのである。
しかし、マスコミの一部には、この制度を死亡事故の責任の究明や過誤の判断、被害者の救済に結びつくべきものとして考える傾向が依然として存在する。それが「なぜ届け出が少ないか」といった誤解を招きかねない報道につながっている。
 
 なお各都道府県には県医師会のような「支援団体」が存在するが、支援団体に相談するかどうかは管理者の判断に任せられている。また各医療機関の「院内事故調査委員会」等で院内調査を行うことや、管理者として遺族に説明を行うかどうかも、本制度とは無関係に管理者の判断で行われることである。
 
 では予期しない医療に起因する死亡事故が起こったとき、医療現場ではどうすべきかであるが、管理者は遺族に対して「医療安全や再発防止のための調査を行うこと」を説明し、そのうえで調査結果についての説明を口頭か文書で後日行うことになろう。
 遺族によっては医療過誤の有無を問題にしたり、責任追及を求めることもあるかもしれないが、それは医療事故調査制度とは別に対応することを説明しておかねばならない。
 この制度が決して患者や遺族の権利と対立するものではなく、賠償責任保険制度とは全く別次元の問題であることを丁寧に説明しながら、医療者として本制度をしっかりと育てていくことが求められている。